幕末の思想家横井小楠


坂本龍馬が師と敬い、勝海舟が恐れた鬼才!
勝海舟曰く「おれは今までに天下で恐ろしいものを二人見た。横井小楠と西郷南洲だ」。日本史の教科書でもろくに取り上げられず、幕末もののドラマで登場することもほとんどない。しかし小楠こそ、坂本龍馬や西郷隆盛をはじめ、幕末維新の英傑たちに絶大な影響を与えた「陰の指南役」であった。早くから現実的開国論を説き、東洋の哲学と西洋の科学文明の融合を唱え、近代日本の歩むべき道を構想した鬼才。

横井小楠―維新の青写真を描いた男 (新潮新書)
徳永 洋
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熊本城下、内坪井に生まれる。開国論を唱える思想家として知られる。安政5年から文久3年にかけて、越前藩に招かれた。藩主、松平春嶽の参謀として藩政改革をすすめる。

その後、松平春嶽の政治総裁職の顧問として、「国是七条」を建議し、参勤交代制の廃止など、幕政の改革を進めるが、横井小楠襲撃の、いわゆる「士道忘却事件」で、肥後藩より士籍剥奪の処分を受け、志半ばで、肥後沼山津の「四時軒」へ引きこもる。

維新後は、士籍を回復され、新政府の参与(国務大臣)として登用されたが、明治2年、京都で、尊攘派浪士に暗殺された。

ぺリーの来航、ロシアやイギリスなどによる条約締結の要求、尊王攘夷運動の広がりの中で、幕府の閉塞状況を、世界的な情況の中で、捉え直そうとした。その開明さは、勝海舟、坂本竜馬らに影響を与えたが、肥後藩では却って危険視されたのか、重用されなかった。
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posted by 恋人と熊本温泉旅行 at | 熊本の著名人 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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